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靖国

下の記事はよくまとめられているが、一つだけ指摘したいことがある。

「1869年、新政府軍と旧幕府勢力が戦った戊辰(ぼしん)戦争の犠牲者を悼むため」

このときに、まつられたのは「勝った新政府側」の戦死者のみということ。

http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20140110-00000003-wordleaf-nb
「靖国神社を日本の首相が参拝するとなぜ議論になるのでしょうか。主な論点をざっくりまとめました。
 靖国神社は明治維新翌年の1869年、新政府軍と旧幕府勢力が戦った戊辰(ぼしん)戦争の犠牲者を悼むために東京に建てられました。現在では日清、日露、第二次世界大戦などの戦争で犠牲になった軍人ら約247万人がまつられています。戦前は陸軍省と海軍省が共同管理し、国家神道の柱になりましたが、戦後は国家神道の廃止に伴い、靖国は一般の宗教法人になりました」
# by kumatosan | 2014-01-15 15:06 | 世の動き

自民党総裁選

完全放置状態だったBLOGに書き込みしたくなるほどのことが起きた。
自民党総裁に安倍晋三が就任
これである。

この人は思想的な面でブレがなく一環しているので、思想的にあっている人からは強力な支持があるようだ。私は思想的には賛同しない立場だが、「ブレてない」という点に関しては人間としては評価に値するだろう。逆に、首相を突然辞任したことに対する批判は大きいし、支持しない理由についてはその点が大きく取り上げられている。病気だったという明確な理由はあるのだが、そうだとしても「健康上の問題を抱える人物が選挙の結果によっては首相となりうるポストについてよいのか?」という批判がある。

私としては、この人は明確に支持しない。だが、理由は突然辞任したことではない。安部氏が首相になったのは任期によって自民党総裁の座を退いた小泉順一郎氏の後をついでのことであった。あのときは小泉郵政選挙によって、自民党は圧倒的多数与党であった。今となってはなぜか全くマイナスの評価した与えられていない小泉改革であるが、当時国民は支持していたし、期待していた。たしかにマイナス面もあっただろうがすくなくとも「今のままではダメ」というのはわかっていたのだから、この改革路線にかけてみようと思ったのだろう。

その後、小泉改革路線は否定され進まなかったが、自民党は新たな路線を提示できないままに野党に転落した。与党になった民主党は新たな路線を提示したがそれも、全く進まないまま現在にいたっている。

もし、あのまま進んでいたら?

来たのは格差社会かもしれない。結局はその後の世界経済の動きに飲まれていっただけかもしれない。しかし、少なくとも、何もしないでころころと首相が変わり、政治は右往左往していただけの「小泉後」の状況より悪かったとは思えない。そして、その混沌の始まりが安倍晋三なのだ。現在の政治の混沌を作り上げた元なのだ。

私は彼を支持できない理由である。
# by kumatosan | 2012-09-26 21:31 | 世の動き

2010参院選の2

比例での得票は民主のほうが多いのに全体では負けていることについて誰も解説してくれない。
# by kumatosan | 2010-07-20 18:11 | 世の動き

2010参院選

民主が負けたのは菅さんのせいじゃあないでしょう。

まあ、浮揚できなかったのは菅さんのせいだけど。

それを言ったらかわいそうな気もする。

もしかしてババをひいちゃったのかもしれんね。
# by kumatosan | 2010-07-12 12:32 | 世の動き

「の」をめぐる話

ちょっとした歴史好きの間では常識に属する問題に みなもと「の」よりとも と とくがわ・いえやす の違いがある。なんで方や「の」が入り方や入らないのか?
答えは、源は姓で徳川は名字だから、姓の場合は「の」が入り名字の場合は「の」が入らない。というのが正解なのだが、これに対して「それって、分類しただけで答えになってないじゃん?姓の場合に「の」を入れる理由は何?」という最もなつっこみがある。

このことに対してずばりの答えは見たことが無いのだが、色んな所を読んでみるとどうやら以下のようなことらしい。

姓は血脈で伝えられる。ある武将なりが「源」だと言う場合は源の血脈に繋がるものという意味(戦国時代あたりだとあやしげな系図によるでっちあげが多いが)。

なので、源頼朝と言った場合「源一族の中の頼朝さん」という意味で「の」が入る。

一方名字だ。名字は「家」の名前であり足利尊氏というのも「足利家の尊氏」という意味だから、姓に「の」が入る理由が「源一族の頼朝さん」だったらこちらにも「の」が入りそうなものである。ところがそうなっていないのはなぜかというのが本稿のテーマであるが、それは名字の発生に理由がありそうだ。

姓が分岐して広がっていった結果えらい人はみんな藤原みたいな事態になったしまったため、又、日本では本名は簡単には言わないという風習のため、貴族社会の中では邸のある地名に役職をつけて呼ぶようになった。例えば「二条大納言」みたいな感じである。又、武家社会では自分が支配する荘の正統性を示すという意味から荘の名を名乗るということが行われた「足利殿」みたいな感じである。これに自身の通称を繋げて「足利次郎」などと言うふうになのった。

ポイントはこの段階では「二条」と言う名乗りも、「足利」という名乗りも個人のものだったということだ。二条さんの子供でも違うところに邸を構えれば違う名乗りで呼ばれた。つまり二条の家の大納言さんではなくて二条という大納言だったし、足利家の次郎さんではなくて足利という次朗だっということだ。

なので、「の」をいれないで続けて呼ぶのである。田中係長が田中の係長ではないのと一緒である。
# by kumatosan | 2009-06-24 11:34 | 昔の事