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報道の視線

重たい話を。

昨今「被害者の立場」が大きく取り上げられることが多い。事件が起きれば、テレビに大写しになった被害者(人が死んでいれば遺族)の涙ながらにうったえる姿が必ず映る。

かつての司法は被害者は蚊帳の外だったそうだ。また、犯罪にあったという自分にはなんの落ち度も無い人に対して保障は何も無い。

それは大問題で改善されなければならない。しかし、ある事件を第三者(マスコミ・世間)が被害者の視点で見てしまってよいのだろうか?

例えば

割りばし死亡事故:「なぜ無罪に」と両親

いちおう断っておくが、この判決が妥当だったのかそうでないかということはここでは取り上げない。なぜなら私にはわからないから。

また、本文の内容は双方の主張を取り上げた妥当なものだと思う。しかし、なぜタイトルが御両親の発言なのか、そして写真が涙するご両親なのか。

その理由が、日本の司法は被害者に冷たい。それを改善するためだ。というのならまだ良い(それならそれで、論評記事でうったえればよいのであって事実報道でそのようにするのは問題があるが)

その理由は「そのほうがセンセーショナルだから」「読者の目の引くから」なのだろう。

しかし、それでこの事件は「手抜き医師が、処罰されなかった事件」として記憶されていく。


**繰り返すが、この事件が「手抜き医師が、処罰されなかった事件」では無いと言っているのではないし、そうだと言っているのでもない。それは私にはわからない
by kumatosan | 2006-04-14 11:22 | 世の動き